ウサギとカメとあなたと
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日刊翔太 2016 0209
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おとぎ話の「ウサギとカメ」を
ご存知ですかな・・・ ??( ^ω^ )??
いまさら、ここで
そのストーリーの全貌を語りたいという理由で
テーマとしてピックアップしているわけではない。
・・・よく、
ビジネスセミナーとか講演会とかでも
頻繁に「目標達成するための例え話」として
ものすごく持ち上げられるネタが
「ウサギとカメ」なのだが、、、
そんなおとぎ話にも、様々な解釈が存在する。
もちろん 解釈自体に、
善悪もなければ、
正解不正解も存在しない。
ようするに、
自分にとって あの物語が
「どのように映ったのか?」ということだけ。
物語自体に何の意味がないし、
「単なるお話」にすぎない。
もっと言えば、、、
昔のどこかの誰かが
つくった想像であり、妄想でもあるだけ。
でも、我々は
それをいかにもあるかのように捉えて
自分の人生と照らし合わせながら
フィードバックをしてみたり、
人生の棚卸(たなおろし)をしてみたりをする。
あの話(ウサギとカメ)で大事なのは、
勝手に解釈(=意味付け)を
聞いている相手に無理やりねじ込んで
洗脳させてしまうことがヤバイ。
それでは人間の想像する無限の力の可能性を
いともたやすく根を刈り取ってしまうようなものだ。
あくまでも解釈は
それぞれの人が勝手に好きなように
考えればいいだけであり
間違いもないし、否定される筋合いすらない。
本来ならば
それぞれ、どのように見ているのか? とか
どういった視点で考えているのか? とか
100人いれば100通り存在もする。
ついでに言うと、
そもそも「話すら聞かない」「受け入れない」
という選択もできるわけだ。
カメはゴールを見ていたから勝てた!とか
ウサギはカメを見ていたから負けた!とか
あるけれども、
・・・そもそも、不思議なのは
カメはどうして、「かけっこ」の勝負を受け入れたのか?
、ということだ。
冷静に考えると、
もし、自分がカメであったなら
圧倒的に不利な状況で試合が開始されるのだ。
なぜなら、相手は
自分よりも圧倒的に足が速く
自分は速く走ることが生まれ持った
才能としてもっているわけではない。
なぜなら、
わたしは、「カメだから」だ。
笑(・ω・)笑
・・・と、
なぜカメは勝負を受けたのかがすごく不思議だ。
カメが試合に勝てたのは
自分の能力ではなく
相手がミスをしたからであって
本来の実力ではない。
もう一度、勝負すれば
ウサギは必ずカメに勝つ!
圧倒的な差を広げて勝つ!
なぜなら、ウサギだから!
笑( ^ω^ )笑
また別の解釈として、、、
ウサギはもしかして
「わざと負けてカメを勝たせた」
という見方もできれば、
カメが水泳のレースをもちかけなかったのはなぜか?
という見方もできる。
なぜ「かけっこ」であることにも
やはり意味付けをしていけるし、
そもそも、自分にとっての勝敗ってなんだろう?
と考えることもできる。
・・・考え出すときりがないのだが、
目に見える現実世界でも、
こういった「おとぎ話」をはじめとする
空想世界(想像世界)でも、
目に見えない世界(精神世界)でも、
すべては「自分の意味付け」によって
自分自身の考え方・価値観・感性が理解できる。
じつは、客観的に見るというのは
正確に言うと、
なにかをとおして考えることによってでしか
自分自身をとらえることができない
という不思議なものだったりする。
だからこうして
例え話を持ち出しては
自分自身を何に投影するのか?とか
自分ならウサギかも、カメかも、とかを考えられる。
〜〜〜 追伸 〜〜〜
自分自身がどうなのか?を「ウサギとカメ」を例に出してみたが、
このブログも、あなた専用の考えるキッカケになったり
自分の人生を大きく変えるトリガーになればと思います^^
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